文通はアナログ派?!

6月 25th, 2015 - 

「今時文通なんて…」と言われて久しいですが、相変わらず便箋は販売されていますし、切手もかわいらしい記念切手が定期的に発表されています。買う人は買うように、手紙も書く人書く…といったスタイルということで良いのではないでしょうか。
それに、手紙を書く人がメールを使用しないわけではありません。時と場合によって、さまざまなツールを使い分けている、といったカンジでしょうか。
私自身、普段はメールをたくさん使っていますが、いまだに文通が続いている友人もいます。学生時代からのお付き合いや、実は手紙の交換だけで繋がっているといういわゆる文友も何人かいたりするのです。仕事をしていると、忙しいときもあり何か月も間が空いてしまうこともあります。しかし、お互いにマイペースで手紙を書き、出すことが長続きする一番のコツかなとも思うのです。今では、特別なものという感覚はありません。気が向いた時に「あ。あのひとにこのことが言いたい」と思ったときに文字を書く。そんな感覚で綴るのでした。
私自身がこのような感覚ですから、人よりはちょっとだけアナログ派なのかもしれませんね。
まだまだ、お店に並ぶ便せんや封筒、シールや一筆箋に心躍ります。大切な趣味の一つとして、できるだけ続けていきたいと思っています。

プレゼント交換会での偶然!

6月 11th, 2015 - 

飲み会やオフ会がクリスマスシーズンなどのイベントと重なると、プレゼント交換会が行われることがあります。かつて、本好きのメンバーが集まった時に、「文庫本を交換しあおう」という提案がありました。文庫本ですと封筒に入れて交換し合うことができるので、とても便利でした。10人ちょっとのメンバーでしたので、好感される本はジャンルに富んでどんなものが自分の手に来るのか…とても楽しみにしていました。
私の手元にもプレゼントが回され、全員が同時に袋を開いてみることに…。目に移った表紙に、私はびっくりしました。今、もらったばかりの本は私が家で読みかけている作品だったのです!まさか、数多くある本の中でここで持っているものが当るとは思いませんでした…。それも、途中まで読んでそのままにしてあるものですので、「早く読め」という何かのサインでしょうか。もちろん、その場ではありがたくいただいてきましたが、心の中では何とも複雑な思いでした。全く同じ文庫本が、自分の本棚に二冊あるということはほとんどありません。これをそのまま取っておくか、別の友人にあげてしまおうか悩んでいるところです。とりあえず、読了してから…とは思っているのですが、そんな本に限って、なかなかページが進まないというもどかしい状態にあるのでした。

あらすじの意外な一面とは…

5月 29th, 2015 - 

新刊を購入する際、特に小説はあらすじを参考にしています。
雑誌や新聞での広告欄、お勧め本としての紹介にも目を通しますが、一番は商品そのものである本に書かれているあらすじです。
書店をウロウロしていて、気になったものは手に取り、どんな物語なのか裏表紙や扉に書いてある要約文に目を通します。
しかし、この作品紹介のようなあらすじは、場合によっては要注意だったりするのです。
私がこれまで体験したことでは、ミステリのようなちょっとした謎を解く楽しみがポイントとなっている小説で、作品紹介にそのポイントがさらりと書いてあったことです。本編を読み進めていくうえで、それ以上の謎解きが無くてがっかりしてしまったことがあります。また、作品全体のポイントを上手にまとめすぎていて、本編にはそれ以上の内容が見当たらず「本当にその通りだった…」と確認して終わってしまったこともあるほどです。
どのような立場の人が執筆するルールになっているのかは分かりません。文字数も、だいたい決まっているように見えますから、高度な技術なのでしょう。なんせ、本一冊分の内容をまとめているのですから。けれども、やっぱり人の仕事という面もあります。出版されるものは、どこか完璧なものであると思い込んでいましたので、このことに気が付いたときには、ちょっとだけほほえましいとも思ってしまいました。

犬や猫の気持ち

5月 13th, 2015 - 

時々、動物の気持ちが分かったら…と思う事があります。動物は、好きな人にとってはそれこそ生きたマイナスイオンであり、癒しを与えてくれる存在です。あのつぶらな瞳にじっと見つめられると思わず目尻が下がり、自発的に赤ちゃん言葉を発している自分がいます。巷では「ねこの気持ち」や「いぬの気持ち」をまとめた本が何冊も出版され、月刊誌も人気が高いようです。人の生活に一番密接に関わっている犬や猫はもちろんですが、動物全般についての書籍というものは昔も今も安定しているように思われます。
それだけ私たち人間の生活に馴染み深い動物たちですが、時々、虐待や遺棄などの許しがたいニュースを目にします。言葉が分からないということは時に不便で、時に便利に取られてしまうのだと思うと、私たち人間の浅ましい部分を見せつけられたような気持ちになり、同時に自分の無力さを感じずにはいられません。
見返りを求めない愛というものを与えてくれるのが動物たちであり、自分勝手だったりワガママだったりするのはいつもこちら側なのだと思うと、人間の在り方とは?と考えさせられます。人と動物の間に築かれてきた絆を、我々の勝手で絶ち切ってしまうようなことだけは決してしてはならないのではないでしょうか。

過去の偉人たち

4月 27th, 2015 - 

失敗は成功の第一歩である。どこかでこんなフレーズを耳にしたことがあります。この言葉を聞いて頭に浮かんでくるのは、エジソンやキュリー婦人、ライト兄弟などなどの過去の偉人たちの顔です。学校の図書館には彼らの軌跡を綴った書籍が必ず置いてあり、私も数冊借りて読んだことがあります。あの頃はまだ幼く、彼らの成し遂げたことや奇跡とも言われた発明について、それがどれだけ価値があり、今に影響しているかということがこれっぽっちも分からなかったような気がします。
今ならその恩恵にどれだけ私たちの生活が支えられ、恵まれた生活を送ることが出来ているか、しみじみと感じることが出来ます。車が動くこと、飛行機が空を飛ぶこと、寒いときも暑いときも快適に過ごせること。灯りがあることが人々の生活に染み込んでいることに、もう少し感謝をしなければならないのだと思います。
医学の発達、科学の進化は日々目覚ましく、それゆえ時として思わぬバッシングにあってしまうこともあると思います。ですが、これまでの偉人たちの業績や軌跡なしに今ここに居られる人は居ないのだということだけは、どんなときも忘れてはならないと思います。あって当たり前という考えを少しずつ減らしていくこと、意識の改革をしていくことが必要なのかもしれません。

旅行が決まったら旅行誌を買ってしまう

4月 12th, 2015 - 

社会人になって、ふと友人たちと時間を合わせて旅行に行こうかという話が出ることがあります。
行先は、これまでに行ったことが無い場所を優先に、時間と予算の兼ね合いでおおよそが決まるパターンです。
私はどこに行きたいというのはあまりこだわりはありませんが、やはり旅行というのはとても楽しみで、当日までドキドキして過ごすことが多くなります。
そんなドキドキした毎日の一つとして、旅行誌を購入するというパターンが出てきます。
行先を特集している雑誌、ムックなどを購入し、押さえておきたい名所をチェックするのです。特に旅行誌などは、有名所であればあるほど、毎年情報が更新されて発売されているのでとても助かりますね。
お店の最新情報が載っていますし、細かい「知る人ぞ知る」的な隠れた名店などまでの地図も、詳しく書き直されている場合があるからです。
こうした本で、具体的に生きたい場所をピックアップしたり、交通手段をある程度おさらいしておきます。
同行者がいても、どうしても頼りっきりにはできないという、ささやかな自立心でしょうか。仲間とも見せ合いながら、当日までの時間を楽しく過ごします。もう、ここから旅は始まっているようなものですね。
旅行が終わっても、それらの本は不要になるどころか、行ってきたところの再確認になることもあるので、なかなか手放すことはできません。

読書がもたらすもの

3月 28th, 2015 - 

私は昔から、色々な人の相談相手になることが多いような気がします。自分ではよくわからないのですが、受け答えの声のトーンと、その時その時の答え方や反応の仕方が安心感を抱かせていることが多いようなのです。あまり押し付けない部分と、ガツンとはっきり物申す部分とを使い分けているような気はしますが、なぜ人の話を聞いて、相手ごとの対応をうまく変えられるのか自分なりに考えてみました。
そこでひとつ思い当たったのが、「今までと普段の読書量」です。昔から、様々なジャンルの本を読んできていますので、蓄積された語録の数は読まない人のそれと比べると多いのではないかと思います。よく、本を読まない人は表現能力に乏しいという話を耳にしますが、それは間違いではないと思います。
また、本を読むことで培われる創造力も大事な要素のひとつだと思うのです。相手の背景だったり抱える心情、大まかな人としての性質、特徴など、当たり前ですがひとりひとり違うのです。そのあたりを慮って対応しなければ、発した言葉が思わぬ武器として相手を傷付けてしまうことだってある訳です。吐いた唾は飲めないのですから、やり直したくとも相手の記憶は消すことが出来ません。たくさんの表現力と言葉を操る能力に関しては、一朝一夕で身に付くものではありませんね。

気持ちを切り替える

3月 13th, 2015 - 

落ち込む暇もないという人というのは、いわゆる切り替え上手なのではないでしょうか。落ち込まない人などはいないと思うのです。ただ切り替えが上手いか下手かの違いがあるのではないでしょうか。
落ち込んでいるときは、なんとなく注意力散漫になるような気もします。こういうときは好きな本を読もうとしても全く内容が頭に入ってきませんし、1ページ読むのに何分もかかってしまいます。集中出来ていないのでそれも当然ですね。結局すぐに本を閉じてしまうという訳です。せっかくの寛ぎの時間がこれでは台無しです。
私が何かに落ち込んで気持ちを切り替えたい、スッキリしたいというときは、よく一人でドライブに行きます。好きな洋楽やヒーリングミュージックを聞きながら、特にあてもなく車を飛ばします。この時、青空が綺麗だったりするともの凄く効果テキメンです。なんとなく晴れやかな気持ちになることが出来るのです。
あとはやはり、仲の良い友人と話すことでしょうか。時には人と会うのも喋るのも億劫になったりするのですが、やはり一人で考え込んでいるとどうしても堂々巡りになってしまいがちのような気がします。どうということでもない内容の話でいいのです。誰かと言葉を交わすという行為自体に効力があるのですから。
気持ちを切り替えるということは難しく、時には抜け出すのに苦労しますが、いつまでもそこに沈んでいてはいけないのですね。

共通の趣味を持つ効果

2月 26th, 2015 - 

同じ対応、同じ温度を相手に求め、それが叶わないときの失望や落胆が思った以上に大きく、改めてショックを受けるということがあります。どんなに近くに存在し、どんなに時間を共有している間柄だとしても、同じ視点で見て同じ位置で考えることが難しいことというのは多々あります。そこを乗り越えられない時に、例えば恋人同士なら別れたり、友人なら距離が離れてしまったりということに繋がるのではないでしょうか。
そういった事態を防ぐ為にオススメしたいのが、「共通の趣味を持つ」ということです。私は比較的多趣味な方だと思うのですが、趣味を介して繋がっている友人が多くいます。例えば、ひとつに読書が上げられるのですが、時々本を貸し借りしてシェアしていますので、定期的に会うことが出来ます。
また、同じスポーツを趣味にしている場合目標を共有出来ますので、以外と強い絆で結ばれているようです。社会人のサッカーチームや野球チームなどはよく見かけますし、お洒落なところではダーツのチームなんかも組んでいたりするようですね。
恋人同士の場合も、共通の趣味があるのとないのとでは、二人の会話の話題の多さも違うようです。趣味が人を繋ぎ、輪を広げていくという素敵なループに一度ハマってみるのもいいかもしれません。

朗読会に行ってきました!

2月 11th, 2015 - 

図書館でも小中学校でも、本の読み聞かせが流行っているようです。主に絵本を読み聞かせしているので、子供が同伴していないと何となく参加しにくいイメージでした。それに、絵本ではすぐに終わってしまうのではないか、とも思っていたのです。
そんな折、朗読会が開催されるということで興味が惹かれました。課題は有名作家の短編です。これは読んでみたい作品でもありましたし、朗読でどれくらい作品の感想を持つことができるのかも興味がありました。
朗読するのは市内の愛好家たちとのことでしたが、発表の場があって私のような部外者も楽しめることは良いなと思います。
当日は、市の施設内の一室で行われました。私の他にも観客がおり、しかも発表者の身内だけではないようで、関心を持つ人は私以外にもいるのだと妙に嬉しくなったことを覚えています。
肝心の内容ですが、一言でいうととてもよかったです!
もっと舞台のような大げさな演出を想像していたのですが、大人の読み聞かせとでも表現すればいいのでしょうか。淡々としているのですが、会話文も地の文も、人の声を通すことで温かみがあって、生きた文字として脳内に染み渡ってくるような感じがしました。
この朗読会は定期的に開催されているとのことですので、ぜひまた足を運びたいと思います。